<書評>レジデント初期研修用資料 医療とコミュニケーションについて

概要

『レジデント初期研修用資料 医療とコミュニケーションについて』の読後感想を述べる。

 

はじめに

私がこの本を手にしたのは、2012年のXP祭りに参加した際に書籍コーナーに並んでいたのを目にして、その他の技術書と一緒に購入したのがきっかけである。

10年近く積読していた本書について、本棚の整理も行いたい気持ちもあり、休暇中に読破することにした。

構成

本書は、全10章から構成され、医療現場の研修医に向けた心掛けや対処方法が述べられており、医療以外の分野での顧客やチームとのコミュニケーションにも応用できるノウハウや事例が紹介されている。

要約すると、「コミュニケーションは、相手を叩きのめすためではなく、状況をコントロールするための技術である。そのために必要なことは、事実に対して自分の見解を持つこと、見解を確立するために事実の改変を防ぐととである」ということを述べている。

感想

「第1章 話を聞く」では、患者に対しての心構えを述べているが、チームメンバーへの接し方にも共通したことが言えると感じた。

  • 挨拶をする
  • 目線の高さをそろえる
  • 足の向きをそろえる
  • メモを取る

基本的なコミュニケーション手段だが、自分たちの現場でできているか。出退勤時に挨拶はしているか。相談してきたメンバーに対して、向き合って話をしているか、PC画面を操作しながら話を聞いていないか。相手の話に興味を持っている態度を示しているか。

話をするときに、大衆向けのように面白く語って自分の意見を一方的に伝えていないか。1対1のコミュニケーションでは面白く語る必要はなく、お互いの求める価値について歩み寄り・妥協を引き出して合意することが大事で、歩み寄ってこない人の意見は誰も聞かない。これは、チーム形成するときにも同様なことが言えるだろう。自分から歩み寄って話を聞いてもらえるような土壌を築くことが必要、これはよく言われることだが自分はできているのか。

 

「第2章 問題を受け止める」では、問題点を訴える相手に対しての心構えを述べており、顧客やメンバーに対する対処法に応用できると感じた。

否定することは、問題を解決しない。受け止めて提案する。また、その場でできることをやる。話を中断するときは、相手の状況を想像して、次につながる会話の切り方をすること。

困って相談してきている部下に対して、どうして今まで黙っていたんだ、と否定していないか。相手の問いかけが間違っていた際に、受け止めて別案を提案することなく間違っていることを最初に指摘していないか。面倒臭そうに会話を終了させようとしていないか。

 

「第3章 話を続ける」では、患者との会話で気をつけることを述べている。

話を否定しない、先入観だけで話さない。「多分〜」という言葉を使わない。「私」を主語とすること。これは、部下と上司との会話、評価面談の時は特に注意する点だと感じた。私はこう考える、と述べる。会社がこういう評価をしているので仕方ない、と説明しない。

 

「第4章 分かりやすく説明する」では、相手に理解してもらうための伝え方を述べている。

相手が知りたいことは、理解を超えた詳細なことなのか。細かいことを述べて、相手に意見を述べさせず、煙に巻いていないか。客観的なことだけを述べたり、変に丁寧すぎて逆に伝わらない説明をしていないか。

「会話タグ」を使う方法が紹介されている。電話でのやり取りで最初に「緊急です」「報告です」などタグをつけると、聞いた人が行動しやすい。ぐだぐだと説明されていたら、話の論点がどこなのかわからなくなる。これは、日常のメールや電話連絡でも気をつける点だろう。

 

「第5章 チームを説得する」では、実体験に基づいた同僚に対するメッセージの伝え方が紹介されている。

この中で、「理念を毎日唱えていても、人の行動は変わらない。振る舞いが変わっていくようにしていくことが望ましい」と語られており、いくら高尚な経営理念を語っていても、それが社員たちの行動に紐づくような仕組みを作らないと意味がないと感じた。社外事故を起こさないように気をつけましょう、ではなく、そのためにこういった施策を行っていきましょう、と、具体的に行動できるようにすること。

 

「第6章 医療ミスの起きるメカニズム」では、どういった時に人はミスを犯すのかについて述べられている。

プレッシャーのかかったチームでは、エラー(誤ったこと)を訂正できない。焦っているとろくなことがない。特に、状況判断が必要なリーダーは仕事を抱えすぎず、メンバーに仕事を以上していくことで、心に余裕を持ってチームの舵取りができる。

面白い話が紹介されていた。お寿司屋さんで出前の電話を例に、人は無意識に脳の負担を下げる生き物であり、それを想定して対処しないとミスを起こすよ、という内容である。

具体的には、店員が出前対応する際のマニュアルで最後にワサビの有無を確認していたが、このときの店員の頭には「寿司にワサビはつきもの。ワサビの話題を振ってくるお客様はワサビが苦手な子供がいる家くらいで、相手がワサビについて話を出したら、ワサビ抜きの寿司を作れば良い」という思考回路が出来上がっていた。注文者が最初に「ワサビ入りで」と注文したところ、ワサビ抜きの寿司が出前された。人は労力を使う判断を省略するようにできているとのこと。

仕事は慣れた頃にミスが出やすいのも、こういった人間の性質が影響されているのかもしれない、と感じた。慣れた中でも、ダブルチェック等は必要になる。

 

「第7章 ミスを素早く発見する」では、ミスに気づく瞬間、気づいた時の行動について述べられている。

この中で、一貫した判断基準だけでは現場は回らない、リーダーはその場の状況に応じて場当たり的に判断を下すものだと紹介されていた。プロジェクトを進めていく上で、イレギュラーなことは発生するだろう。それに対して、自分の基準はこうなので、絶対このやり方を押し通す、としても上手くはいかない。案件の背景やメンバーもその都度変わるので、適合するやり方でやれば良い。

 

「第8章 抑止力を運用する」では、感情のコントロールやチームを守るための接遇のやり方について述べられていた。

この中で、「優しい鳩は鷹を生む」という話が紹介されていた。全てのお客様に平等であること。決められた枠組みを抑止力としている中、優しい誰かがその枠を逸脱して過剰なサービスを提供してしまった場合、他の人に示しがつかなくなりプロ失格である。

顧客が価値を感じるのは、期待値を超えた時だというが、超え過ぎるのもやはり良くないだろう。全力を出して150%の成果を出すより、101%で満足してもらい、49%は別の種まきをしていくのが良いだろう。

 

「第9章 謝罪を行う」では、謝罪のタイミングや心構えについて述べられていた。

この中で、「相手の不快感は、謝罪の遅延に2乗して大きくなっていく」、「申し訳ありません、と、私の責任です、の言葉は意味合いが違う」ことが述べられていた。

謝罪はとにかく早く、責任の所在は情報が全て出揃った後に行わないと二度手間になる。ミスや事故を起こした場合にも応用できる。とにかく、相手の感情を鎮めるために早めに謝罪すること。再発防止の策を練った上で責任について述べること。

 

「第10章 交渉外にいる人」では、誠意の通じない人たちと相対した場合の振る舞い方について述べられている。

怒鳴って帰る悪い人はむしろ付き合いやすい。誠実な人たちとの交渉ほど難しい。

この中で、事件現場での交渉人の犯人との交渉術について述べられていた。最初は信頼度0%の状態で、そこから犯人と人質交渉する際、小さな約束でできることから信用を積み重ね51%の信頼を目指すという。100%ではない。顧客との信頼関係も同じだろう。お互いに利害関係は相反する面もあるので、100%を目指すより、健全な相互不信を保った方がうまくいくこともある。距離感が重要ということだろう。

 

まとめ

紹介した通り、本書は研修医向けに書かれた内容だが、顧客やチームメンバーとのコミュニケーションをおこなっていく上での気づきやヒントを与えてくれる内容となっていた。関係性に行き詰まったときに、読み返して参考にしてみよう。